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日本とフィリピンの子供をオンラインで定期的に繋ぐとどうなるか

日本とフィリピン全国の子ども・生徒をオンラインで繋げる奮闘記

英語が先か日本語が先か論議に明日は無い

 

 英語教育の分野に身を置いていると、

「母国語しっかりしてから英語教育はじめる説」「英語は言語形成期が終わる前にはじめる説」

の論議を頻繁に耳にしたり、自分でも考えたりします。

そのたびに私は、本当に問題はその論議よりさらに一つ深い所にあるのでは、と思っています。

 

どちらも長所と短所がありますし、どちらかが向く子供と向かない子供が必ずいるはずです。

 

ということはシステムはシステムでどちらが優れているか?という問題ではないと思うのです。

 

若林君と翼君、どっちがサッカーうまい?と聞くようなものです。

 

ビールとワインどっちがおいしい?

 

多読と精読どちらが英語が上達する?

 

 

子供にとってはそういった表面的なシステムよりも

先生がつまらなかったら、終わりです。

 

そもそも教育は人と人とのコミュニケーションにおいて成り立っています。

 

英語を教える先生がサラリーマン的なら、子供に与える影響は同じだという事です。

 

そもそも中学で教えてる内容で、英語は話せるようになります。

 

大人になって英会話する人が中学英語をやりなおして、「どうしてももっと勉強していなかったんだろう?」と口をそろえていうところをもう何度も目にしました。少なくとも私の学校では、ほとんど全員がそう感じるようです。

 

 つまり「英語が先か日本語が先か」の議論にエネルギーを使うよりも、

 

「どうやって情熱のある先生を育てるか?」

「先生のトレーニングはどうするべきか?」

「先生にも留学してもらうよう奨励する」

「先生にも2年間学校から離れ社会人として働いてもらう時期を作る」

 

などを議論して試してみることが大事だとと私はみています。